デエタラボッチは第12惑星である

この惑星は木星より少し大きく、超楕円軌道を持ち、冥王星の公転軌道あたりまで近づいている筈、近づくと地軸大移動が起こる

アモンラー大神殿・・⑪・・日本人の起源・・・アイヌ民族

2004-10-26 12:36:05 | Weblog

アモンラー大神殿はBC1500年頃に起きた地軸大移動を経験し、その天変地変に
よって、それ以前に信仰されていた太陽神の観測機能を破壊された神殿でありま
した。
                        Rokunowa


地軸大移動の謎

 アモンラー大神殿は、紀元前5世紀のヘロドトスが、彼の著作、歴史で語ったように、
以前は「今の太陽が沈む方向から太陽が昇った・・・・」と言うエジプトの僧侶の伝承が
真実であることを証明する建築物であったのです。
 現在の西から、当時のエジプトでは太陽が昇りました。その夏至の太陽が昇る
西北西に向いて建てられた巨大な石の門の羅列がこの建築物の特徴であったのです。
この西に向いた建物と言う特徴は、すでに、指摘した日本の飛鳥にある酒匂石と共通
していました。当時日本でも今の西から太陽は昇ったのです。だから天体観測機能を持
つ巨石遺跡は西向きに建てられたのです。
 
 トトメス3世はファラオとしてアモンラー大神殿の天体観測機能を祝祭殿で遮りました。
しかし地軸大移動が起きたのはハトシェプスト女王の末期の時代であった可能性は依
然として残ります。
 ハトシェプスト女王の時、地軸大移動が起こり、天変地異とアモンラー大神殿の太陽
観測機能などが無効になり、その責任から彼女が王から退いた可能性は相当にあり
ます。そして彼女を廃位してトトメス3世がファラオに即位したことも考えられるのです。
 モーゼの交渉相手はトトメス3世王であったと思いますが、交渉の途中で、エジプト
全国の赤子が死亡したり、ナイルが血のように赤い水になったりしました。
 モーゼの民族移動で逃げる時も地中海は二つに割れて、海底を歩いて逃げることが
出来たと旧約聖書にありますから、地軸大移動はすでに起きていたことは考えられる
ことなのです。

ハトシェプストはテーベのナイルの西岸に有名な自分の葬祭殿を建てていましたが
ソコにあるハトシェプストのリリーフなどは、顔が削られて、残ると言います。
 おそらく、トトメス3世は民衆の不安と苦しみの反動をハトシェプストに向けることに
によって、圧力を交わし、軽減させたのでしょう。
 彼の治世では何十回と遠征に出かけたと言いますが、ソレも一つの天変地異後の
政治であったのでしょう。当時の政治的遠征とは国家による国家への強盗行為にすぎ
なかったからです。

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